更地となった田老地区を歩く久保田海世さん。視線の先には、父が最後に向かった防潮堤がある=岩手県宮古市で2012年6月24日、小川昌宏撮影 東日本大震災で被災した人たちを毎日新聞記者は継続して取材し、「いま」を伝えてきた。今回登場する男性は2012年夏と19年春に取り上げた。震災10年を前に思いを聞いた。
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 岩手県宮古市田老の漁師で消防団員だった久保田伸明さん(当時43歳)は、その大きさから「万里の長城」と呼ばれた防潮堤の水門を閉めようとして津波にのまれた。残された当時11歳の一人息子、海世(かいせい)さんには、生後間もなく家を出た母の記憶はない。震災後のある日、一人の女性が訪ねてきた。数年前に海で父と話し込んでいた人だった。「母親だよ」と祖母のヤエさんが教えてくれた。海世さんは中学校までは父の姉である吉水久美子さん(56)の家で、高校ではヤエさんと仮設住宅や災害公営住宅で暮らした。母は高校の卒業式にも来たが、海世さんが面会を断ると、目に涙を浮かべて帰って行った。海世さんは18年、仙台市の大学に入学した。

皆さんの意見

  1. 「時は戻せない」。勇気あるなら前進。

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  2. 人はある日突然死んでしまう。
    だからお母さんが生きているなら、一度会って話しだけでもしてみるといい。
    祖母や父を裏切るように感じるかもしれないけど、この人にとっては母は母だろうから。
    行事に足を運んでいてくれた人ならばなおさら、会った方がきっと先々後悔しないですむ。

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  3. 記事の中にLINEが登場しますが、LINEは東日本大震災をきっかけに開発されたものだったと思います。きっと記者の方が勝手に思い込まれたのだと思いますが。

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  4. 急にお涙ちょうだい記事が増えてきましたね。

    今度はいかに感動させる記事を書くかで視聴率、発行部数、クリック数稼ぎですね。

    少なくとも11日まで。

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  5. 別にこの震災以外にも
    こう言う境遇の人達は
    ゴマンと居るでしょ。

    震災の風化防止なら
    他の内容でも良いのでは?

    記者と配信元の浅はかさが透けて見えるね。

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  6. 今後の人生も色んな事が起きると思いますが、今まで通りに前向きに頑張って欲しいです。
    お母さんが元気なうちに向き合ってみたら良いと思います。
    もしかしたら隠されていた真実もあるかも知れません。

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  7. 母親は今もなお、自らを恨み続けているだろう。
    息子も、もう吹っ切れたように装ってはいるけれども、心の底では母親を求めているかも知れない。

    ♪帰ろかな 迎えに行こうかな♪

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  8. 親子の絆は、時間が解決するだろう。自分は逆の経験をしたが、最後は、どこまで行っても血のつながりはなくなりません。どんな過去があっても親子です。

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  9. お母様、本当に本当に後悔されていることでしょう。
    それでも自分の気持ちを抑えて、遠くから想うことはなかなかできないことだと思います。
    私なら、母親だから!と強引に会いに行って自分の気持ちを押し付けてしまいます。

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  10. 一人息子を置いて行かれたお母さんにはきっとなにか事情があったはず。そのときの判断については長い時間を考えてこられたはずです。どうか会ってあげてほしいです。お母さんもご自身もどうかどうかお幸せになってくださいね。

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